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かんきょうエッセー その3   

 

「禁じられた恋歌」

〜環境の農薬汚染がもたらす両生類存亡の危機〜

 

東京大学保健管理センター 奥田俊

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(こ)もよ み籠持ち 

 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち

  この丘に菜つますこ

   家告(の)らせ 名告(の)らさね

 

そらみつ 大和の国は

 おしなべて われこそ居(お)れ

  しきなべて われこそ座(いま)せ

   われこそは 告(の)らめ 家をも名をも  

                        (万葉集巻の一 雄略天皇御製)

[大意]

お、しゃれたカゴ持ってんじゃん。スコップもなかなかいけてるよ!!

そこで草を摘んでる彼女オ〜。家、何処?名前、教えてよ。

ここら大和一帯はさあ、まあ俺があってこそ持ってンだよね。俺が仕切ってるようなもんだし。この際言っちゃうけどさ、俺の家と名前

(当然知ってンよね。僕天皇だもん。で、どう、一緒にお茶でも飲まない?)

 

万葉集の第七番目の詩として登場するこの雄略天皇の雑歌は、日本の記録に残る最も古い恋歌と言えるのではないでしょうか。僕の現代語訳は「随分お下品」と、眉をしかめる向きもおありになるやも知れませんが、まあ男が気に入った女に声を掛ける時なんてのは、表向きの言葉はともかくとして、心の中の本音はこんなもんです。この短い歌の中には本当に必死な、切ない程の男心が溢れているのです。

『お、可愛い〜い。何とか声を掛けられないかな。その為には切っ掛けだ、切っ掛け。さり気ない切っ掛け。そうだ、カゴとスコップ、あれがいい、あれを褒めて、それから名前を聞く。「わざとらしい〜」と白い目で見られるかなあ・・・いやいや、そんな事気にしてる場合じゃないぞ。早くしないと逃げちゃう。とにかく切っ掛けを作って言葉を掛ける。そして一旦振り向いて貰ったらこっちのもんさ。まず家と名前を聞き出す。そして家と名前さえ分かってしまえば、後は「押しの一手」で何とかなるかも知れない。いや、何とかするさ。その為には、自分がいかにビッグな存在かも印象づけとかなきゃ。嫌みにならないようにさりげなくね。あくまでも全てさり気なく・・・』(作者註; と言っても客観的にはかなりわざとらしい)

山歩きをしていた折に、美しい娘さんが野草狩りをしているのに出くわして、雄略天皇の胸の内には一瞬の内に、こんな恋の打算が駆け巡ったのではないかと思います。雄略天皇などと言うやんごとなき方を自分と引き比べるのもおこがましいとお叱りを受けるとも思いますが、同じ男として、その気持ちはよく分かるのです。そして、であればこそ、男達の共感を呼ぶ歌として雄略天皇のこの歌は万葉集の冒頭部分に、延々と歌い続けられて来たのではないでしょうか。奇しくも、「雄略天皇」と言う名前からして男そのものと言う感じです。

男はそのように必死な思いで女に呼び掛けるのです。それは雄略天皇がそらみつ大和の国で、はっとする程に美しい「おみなご」に声を賜る時も、現代の若者が雑踏の原宿辺りで、メッチャいけてる「ねえちゃん」をナンパする時も、大して変わりないものです。そして実はそれが人間の世界だけでなく、動物の世界にも当てはまるものである事を皆さんはご存知ですか?

カエルの鳴き声はカエル達にとって、正しくそのような恋歌と言う意味をもつものなのだそうです。僕ら人間の耳には煩かったり気色が悪かったりするだけですが、カエルの雄が渾身の力をこめて雌に呼び掛けているのが、あの声なのです。余談ですが、亡くなった僕の伯父と言う人は体格も立派で柔道も三段、喧嘩も手が早くて暴力沙汰も時にあると言う猛者でしたが、どう言う訳かカエルにはからっきし意気地がなくて、沼地から食用ガエルの野太い鳴き声が聞こえてくると、大きな体を身震いさせて怖がっていたそうです。カエルの鳴き声に震える巨漢というのは、わが伯父の事ながら何だか滑稽な感じで笑ってしまいます。

それはさておき、伯父を震え上がらせたその低音の響きも、カエルの雌達にとっては、うっとり聞き惚れるバリトンの歌声の如き魅力に溢れているらしいというのだから、本当に世の中は複雑です。雄略天皇の精一杯気取った下心見え見えの恋歌に、野草摘みの娘が色良い返事をしてくれたのかどうか定かではありませんが、少なくとも雌のカエル達は、雄の張り上げる「恋の歌」に心乱れて、声のする方へといそいそと、お尻をふりふり出かける様です。あのカエル達の喧いまでの鳴き声は、カエル達が出会い、そして性を営んで行く上で、極めて重要な役割を果たしているのです。

ですが近年、その雌ガエル達の心をかき乱す雄の求愛の歌に、どうやら重大な異変が起きていると言う事が明かとなって来ました。そしてそれは良く考えると、カエル世界のみならず、僕ら人間の世界に取っても実に深刻な意味を持つ事なのかもしれません。

この十数年来、カエルの姿を見る機会がめっきり少なくなって来た事を皆さんは意識されているでしょうか?原因が特定できないまま、カエルの数の減少が明かとなってきたのはそんなに新しい事でもなく、もう二十年以上前の事です。一見、自然が全く損なわれていないように見える田舎の地方でもカエルの数がどんどん減少し、学校の実験動物にカエルを納める問屋さんと言うのがあったのだそうですが(今でもあるいは細々とあるかも知れませんが)、その問屋さんが商売に困り始めたと言う新聞の報道がなされたのもその頃の事です。原因もハッキリしないだけに手の打ち様もないと、問屋さんも諦め顔との事でした。何らかの環境汚染は想定されても、実際の証拠がなかったのです。

そしてこの2002年になって、農薬による水の汚染がカエル生殖系をかく乱するとのデータが米国国立アカデミー紀要に報告されました。その観察は、環境汚染が生態系に及ぼす混乱を具体的に示す証拠としての意義を持つとともに、少なくとも部分的にはそのようなカエルを初めとする両生類の激減を説明するものと思われます。

検討されたのはatrazineと言うアメリカのトウモロコシ畑等に大量に散布されている農薬です。Atrazineはおそらくアメリカでもっともよく使われている農薬の一つと考えられますが、それだけに河川や湖等、この物質による水質汚染が実際に存在している事も確かめられています。その実際にも認められる汚染濃度の25ppb(particle per billion; 1ppbは10億分の一)と言う低濃度の水の中で飼育されると、既に性的に成熟した食用ガエルの雄でも、血中男性ホルモン(テストステロン)濃度が激減し、何と雌より低くなってしまう事が確かめられたのです。更に、まだ性の分化が進んでいない発生の段階からatrazineを作用させると、その100分の一以下の0.1ppbや1ppbと言う濃度で既に、雄のカエルの体の中に卵巣が生じてきたり、咽の構造が変化して径が小さくなって来たり、と言った変化も起きてくる事が明らかになりました。Atrazineがいわゆる環境ホルモンのように作用して、雄のカエルを雌化してしまう事が分ったのです。くだけて言うと、オカマガエルやニューハーフガエルの登場です。

この事はもちろん、カエル達の性の営みに取って重要な意義を持ちます。精子の発育や性器の発達と言う事だけでなく、交尾そのものも障害される事をそれは意味するものです。そしてオカマやニューハーフにまではならないにしても、雄の咽頭に生じた構造の変化はその鳴き声を高くし、それまでの魅力ある低音が失われてしまう結果を招くのです。従って、そのような雄達はいくら声を張り上げようと雌を引き付ける事は出来ないかも知れません。いや、それ以前にそもそも、女性ホルモンの過多で生物学的に去勢されたような状態となった雄のカエル達は、雌を求めて声を張り上げる事すらしようとしないかも知れませんが。

このようにして、カエル達の恋の出会いの場は失われたのです。結果必然と、と言うべきでしょう。カエルの数は激減しました。人類が農薬を大量に使い始めて半世紀、徐々に進行した水の汚染は、水の中に生まれ棲むカエルを初めとする両生類の生殖に大きな打撃を与え、ついには絶滅の危機にまで至らしめようとしているのです。それが今回の米国国立アカデミー紀要で如実に示された事であったと言えましょう。

そしてもちろん、問題はカエルのみに限ったものではない、と言う事はもう皆さんもお分かりかと思います。陸の上に棲む我々にとっては水の汚染は間接的なもので、まだカエルや両生類達程には影響を受けてはいないのかも知れません。しかし、我々の生命活動もまた、究極的には水に支えられている以上、いずれそれが我々自身の問題となってくるのは時間の問題と言えます。実際に、農薬と同じく環境ホルモンとして作用する事が想定されているダイオキシンを妊娠中のネズミに投与する実験を行ったところ、産まれてきた雄のネズミは雌に対する関心をさほど示さなかったと言う報告もなされています。食物連鎖の頂点に立つ人類の体に蓄積する様々な化学物質が、我々自身の体を次第次第に蝕み始めているのが、正しく今と言う時なのです。

雄ガエルの素敵なバリトンによる口説が失われた世界に棲むカエルの雌達が、さぞや味気ない思いで過ごしているだろうと、心優しい世の女性方はきっと深く同情される事でしょう。でも、のんびりカエルに同情している間にふと気付くと、人間の世界でも、そんな心優しい彼女らに甘く恋を歌いかけてくる男達は絶滅していた、そんな社会も近い将来あながちあり得ないと言い切れないところが、極めて現代的な焦眉の急と言えるのではないでしょうか。

 

参考文献

1) Hayers, T. et al.; Hermaphroditic, demasculinized frogs after exposure to the herbicide atrazine at low ecologically relebant doses. Pro. Natl. Aca. Sci. USA 99; 5476-5480, 2002

2) 妊娠ネズミにダイオキシン/生まれた雄の性行動抑制/環境研発表。2001年12月15日朝日新聞記事

 

出典「神々の敍曲」ホームページhttp://tgasha.tripod.co.jp

 


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